金融政策のはなし その1

金融政策とは、お金の流れといった金融面から、モノの値段(物価)の安定や経済の安定のために行われる政策です。

金融政策の歴史:古代エジプトや貨幣改鋳

金融政策の歴史は実は非常に古く、古代エジプトや古代中国の時代に遡ります。時の政府が、お金、つまり通貨を発行し、そして通貨の量を増やしたり減らしたりしていました。

日本でも、江戸時代に、貨幣の改鋳が度々行われました。改鋳とは、市場に流通している貨幣を回収し、金や銀の含有率や形を変えて、新たな貨幣を作って、それを市場に流通させるものです。

例えば、江戸時代の将軍徳川綱吉の頃の頃に、萩原重秀が発案して元禄改鋳が行われました。当時の金貨には金が86%含有していましたが、その金貨を回収して、金の含有量を56%にまで減らしその新貨幣ー元禄金貨ーを市場に流通させ、それで貨幣の流通量は最初の1.5倍となりました。

インフレとデフレ

ところがそれでどうなったかといいますと、多くの人がより多くのお金を持っていってしまい、何かを買うのにもっとお金を使って良いと思うようになりました。そういったことをお店の人も察知して、物の値段を釣り上げているということをインフレーションあるいはインフレと呼びます。

このように、貨幣の改鋳によりインフレ、つまりモノの値段が上がってしまうという現象が起きてしまいました。

ただ、江戸時代のように現在経済活動が活発になりいろいろなものがどんどんどんどん売り買いされて経済が成長していく中で、人々がより多くの貨幣を必要だと思うようになり始めましたっていました。それで、改鋳により、市場経済の拡大に伴う家への需要にの増加に対応し、家への会長より上海中による貨幣の流通量の増大は、円滑な市場の取引を促したと言う面がありました。

このように、貨幣の流通量は多すぎても困りますし、少なくても困ります。

それで、モノの値段が安定し経済も安定させるような量の通貨を流通させ、それを常にチェックする必要があります。

現在の日本でその役目を担っているのが、日本銀行です。

インフレが起こると

では、その物価が上昇してしまうと、つまりインフレが起こってしまうと具体的にどのような困ったことが起こるのでしょうか。それは、予期しないほどのインフレが起きてしまうと、まず、お金を貸していた人は損してしまいます。例えば、誰かに10万円を貸してした場合、インフレが起こると、貸したときに10万円で買えたものが、今ではもっと高くなってしまうのです。つまり、10万円の価値が、インフレにより段々下がってしまうのです。

また、お給料の額が物価の上昇や下落でも変わらないという雇用契約の下で働く人にとっては、インフレが起こると、その給与額の価値が下がってしまい、経済的に損をすることになります。

デフレが起こると

インフレの反対に、デフレというものがあります。これは、モノの値段が下げり続ける現象です。

日本は、2000年代から、デフレを経験してきました。デフレでモノの値段が下がると消費者はモノを買いやすくなりますが、モノの値段が下がると同時に、給与所得を得ている人がもらう賃金も下がってしまうのです。日本では、ここ20年くらいモノの値段はあまり変わらないか、下がっているもののある一方で、賃金もあまり変わっていないという実感を持っている方も多いかと思います。

そして、あまりデフレが長引いてしまうと、どうなるでしょうか?同じも何か買うとしたら今日買うのではなくもうちょっと買うのも伸ばそうそうすれば物価が下がるかもしれないと思って会うのは延期しますそうすると、経済にも悪影響が出てきます。そして、インフレとは逆に、借金を現在背負っている方にとっては困ることになります。なぜなら、その1年前の借金の学10万円は今の価格価値で言うとなってしまうからです。

金融政策の2つの手段

このように、モノの値段は上がりすぎても困りますし、下がっても困ります。それで、日本銀行はどうすれば良いのでしょうか。中央銀行ができることは大きく分けて2つあります。1つは、金利に影響与えることによって、世の中に出回るお金の量に影響を与えること、2つ目は、中央銀行が金融マーケットで国債などの金融商品を売ったり買ったりすることで、出回るお金の量をコントロールする、オペレーションと呼ばれるものです。

金融政策が世の中にどう影響するか(波及効果)

では、その1つ目の金利に影響与えることによって、世の中に出回るお金の量に影響を与えることを、日本銀行がどのように実現させるのでしょうか。

まず、みずほや東京三菱といった私たちが使う銀行(市中銀行)にとって、日本銀行はお金を貸してくれるところ、つまり、銀行の銀行なのです。そのお金を使って、一般の銀行は、企業にお金を貸したり、住宅ローンや教育ローンのような形で個人にもお金を貸します。

日本銀行は、一般の銀行にお金を貸すときに、当然、金利をつけます。その、日本銀行が一般の銀行に貸し出すときの金利は、一般の銀行が企業や個人に貸し出すときの金利に大きな影響を与えます。完全に同じではないですが、ある程度連動しています。

中央銀行は、銀行の銀行です。一般の銀行にお金を貸しているのです。中央銀行が銀行にお金を貸すときにつける金利を、中央銀行が決めることができます。例えば、中央銀行が、金利を下げたとします。そうしますと、一般の銀行が設定する金利にも影響を与え、こちらの金利も下がります。そうすると企業は、安いコストでお金を借りることができ、ビジネスを行うためのお金が得られやすくなり、ビジネスを行うための設備に投資したりします。私たち個人は、住宅購入のために住宅ローンを組んだり子供のための教育ローンも借りやすくなります。そうしますと、経済が活発になり、景気を良くさせる方向に作用します。そうなりますと、人々がモノを買うのにより多くのお金を出しても良いということになり、モノの値段が上がり、社会全体として物価が上がります。このように、景気を良くさせるための金融政策は、金融緩和政策と呼ばれることがあります。

逆に、景気が良くなりすぎると、それもまた困るのです。景気が良すぎると、多くのお金が株価や土地などに行ってしまい、家や土地の価格が上昇しすぎたり、また、そういった余りにも良い経済はバブル経済などと呼ばれ、何かのきっかけで、今まで上がりすぎていた株価や土地の価格はいずれ下落することになり、そうやって急に下落してしまった時の影響は非常に大きいからです。

それを抑えるために日本銀行は、世の中に出回っているお金の量を減らそうとします。中央銀行が金利を上げたり債券などの金融商品を買うことでそれを実現させます。これを、金融引き締めと言います。

1980年代のバブル経済の例

では、家に金利が上がったり下がったりすることでどのような影響があるのでしょうか。1980年代後半のバブル経済と言われた頃の経済を考えてみたいと思います。

1980年代後半、この頃は、日本はバブル経済と呼ばれる空前の経済のブームに湧いていました。また、このころは金融緩和が取られていて、金利は低い状態でした。世の中にお金が沢山回っていたので、そうしたお金が、土地神話という「土地は絶対にげらくしない」という観念とともに、土地などの不動産にも回りました。通常、こうしたことがあると、中央銀行は利上げなどの金融引き締めを行って、景気の過熱を抑えようとします。しかし、色々事情があって日本銀行はそれをせず、やっと利子率を上げ始めたのが1986年の頃で、その後、1989年に日経平均株価が下落してからも上げ続けました。この利上げは、あまりにも遅く、また、短期間で急に上げてしまったため、経済が急に悪化してしまいました。

本来であればもっと早くに金を引き上げるべきであったとされています。この当時の一連の日本銀行の金融政策は、アメリカの経済学の教科書で紹介されるような、金融政策の失敗の代表例とされています。

現在の金融政策

ところで、この預金金利を操作するというのは、今は日本では金融政策の主要な手段ではありません。なぜでしょうか。

それは、日本銀行が影響できる金利が非常に低くゼロ付近になったからです。

銀行にお金預けている場合、銀行の預金利息利子があまりにも低くてびっくりすることもあるかもしれません。これは、日本銀行は現在ゼロに近いところまで金利を誘導する政策を取っていることと関係しています。

もう政策の政策金利はゼロに近いところまで行ってしまいましたので、日本銀行は主に2つ目の手段もあり量的緩和でも行っています。

今年に入って新型コロナウイルス感染が広がって経済が悪化してきて、日本銀行も金融政策で経済を支えようとしていますが、この量的緩和というのがどのようなものなのか、日本銀行が今行っている金融政策について、次回のブログでお話しします。